先端医療研究
4 次 元 放 射 線 治 療

1.動体追跡照射

 癌治療に、精密な放射線画像に基づいた正確な放射線治療が可能になってきています。
 北大病院では空間的な精度のみならず、時間的な精度を向上させた4次元放射線治療を、1998年に世界で初めて開発し、発展させて参りました。
 4次元放射線治療とは、体内で呼吸・心拍・腸動などの影響で動いている腫瘍の平行移動、回転、変形などを計測し、それに合せた治療を行うことであり、その目的で設計された「動体追跡照射装置」(図1)というX線治療装置に関して北海道大学が米国と日本の特許を取得しております。


図1. 4次元放射線治療を可能とした動体追跡照射装置と体内留置用金マーカー

 たとえば、肺癌は呼吸の周期とともに3cm程度もその位置が変り、従来の放射線治療では実際の腫瘍の直径にさらに余分な照射範囲を設定して、腫瘍の3倍程度の大きな照射野が必要でした。
 呼吸機能の不十分な患者さんでは、照射されてしまう正常肺組織が大き過ぎ、癌を死滅させるために必要な放射線量を投与できない場合もありました。
 これに対して動体追跡照射では、まず、腫瘍近くに2mmの純金でできた球を挿入します。
 そのあと、CT検査を行い、腫瘍と金マーカーの関係をコンピューターに覚えさせます。
 患者さんが放射線治療室の治療台に載った状態で、治療室内に備え付けられた2台のX線透視装置で体内の金マーカーを描出し、ロボットで良く用いられるパターン認識技術で、このマーカーの3次元位置を自動的に追跡し、0.03秒毎に±1mmの精度で算出することを可能としました。
 そして、呼吸などで動く金マーカーの位置があらかじめ計画された部位にある瞬間だけ治療用X線を腫瘍に照射するように、治療用ビームを同期することを可能にしました。
 腫瘍がどんなに動いていても、ある位置にきた瞬間のみ照射することで、実際に治療用のX線が照射されるのは腫瘍周辺の狭い範囲だけにピタリと一致します。(図2)


図2.動きのある病変へ通常の放射線治療を行った場合と、動体追跡照射を行った場合の照射野の比較。


2.どんな病気に効果があるか

 従って、呼吸機能が悪い患者さんでも、腫瘍の動きの大きさに関わらず、癌を死滅させるのに必要な線量を十分照射することが可能になっております。
 照射する必要のある体積が小さいため、副作用としての症状を感じることなく、6cm以下の肺癌・肝癌では多くの場合、1週間以内の入院と外来通院での治療が可能になっております。
 同治療法は、原発性・転移性肺癌、原発性・転移性肝癌・脊髄動静脈奇形に対して、2000年に高度先進医療「体幹部病巣に対する直線加速器を用いた定位放射線治療」として国内で初めて承認され、全国から同治療法を目的に患者さんが来院しております。
 腫瘍は6cm以下でリンパ節や他臓器転移がないにも関わらず、呼吸機能が悪すぎて手術ができなかった肺癌患者さんや、どうしても手術を受け入れる気持ちになれない患者さんに対してはいままで有効な治療方法がなかったのですが、この先進医療を用いることで、腫瘍が消失して長期生存している方が増えております。


図3 肺機能が悪く手術できず、1週間の動体追跡照射で治療した肺癌。全く副作用を感じず、36月後の現在も再発なし。


3.世界からの注目

 世界的な注目度も高く、スタンフォード大学、M.D.アンダーソン病院、ミシガン大学、ヴァージニア大学など国外からの見学者が後を絶ちません。
 また、米国ハーバード大学、オランダ国立がんセンターなど世界一流の施設から研究者が北大病院に長期滞在する形での共同研究を行って参りました。
 ハーバード大学の附属病院のマサチューセッツ総合病院は、我々の開発した動体追跡装置に似た装置を開発導入することを、ついに今年の6月に決定しました。
 そして、「4次元放射線治療」という我々が提唱した治療概念は、なんと今年の米国放射線腫瘍学会(世界最大の放射線治療の学会)の中心テーマに取り上げられました。


4.病院内画像ネットワーク

 これらの高精度な放射線治療の目的には、高精度な診断があって初めて成り立ちます。
 病院内のあらゆる診断画像(CT,MRI、PETなど)が外来や病棟のコンピューターの端末で簡単に見られるようになっていることはすでにお気づきだと思いますが、北大病院の放射線診療の最大の特徴は、世界で最も早い時期から画像ネットワークを取り入れ、それを飽くことなく整備してきたことです。
 「ローマは一日にしてならず」で、画像ネットワークが整備されていない病院では、あらゆる精密画像を利用する4次元放射線治療のような医療を実現することは不可能です。
 北大病院全体で築いてきた情報・画像ネットワークは、患者さまへのスピーディで正確な診断・説明に役立っているだけでなく、今後も新しい診断方法や治療方法の開発をするための誇るべき基盤として役だっていくことでしょう。